<9/12-9/27>suzuki yuki 個展「残照」【Fuligo】

suzuki yuki 個展「残照」

2026.9.12– 2026.9.27

岐阜県を拠点に活動する作家 suzuki yuki による個展を9/12(土)-9/27(日)の会期で開催。
「残照」と題した本展では、彼女の内に在る光と影を宿した静物作品を空間全体へ展開してご紹介します。

実物確認作業として会期を迎えるのではなく、色彩や全体像はこの会期を通じて露わになるよう画像はモノクロや拡大画像に留めたものになっています。
期中、それぞれの身体で直接作品ならびに会場へ光を当て、その全容を感知していただければ幸いです。

“枠に囚われず手と感性を動かす温厚でいて芯の座ったこの人へ、展示に先立ちお願いしたのは「好きにやってください」の一言だった。

反芻する場であり、チャレンジする場であり。

お店という一種の概念やそこに付随する打算を一切省き、等身大の自分らしさのみを真に自由に並べてくれたなら、それこそ僕が見たい彼女の世界観であると信じてやまない。”

これは今から5年前の個展時に記した言葉だが、この時から気持ちは変わらない。
そして、彼女の作品および作風はより自由なものに日々進化していっていると感じる。
やりたい事というよりも、心から自身が望む生き方に段々と焦点が合ってきているような。

アクセサリー、器、カトラリー、オブジェ、絵画。
素材は真鍮やステンレスから始まり、シルバーやアルミへ、近年は土や草木染めにも着手しジャンルに縛られない制作の日々を続けている。

金属に色が付いたらどうなるだろう。
一見使い易さを伴わない装身具はどうだろう。
自身が作ったものを何なのか断定せず、理解や用途を他者に委ねるのはどうだろう。

純粋な好奇心を可能な限り薄めず、絞り出したそのままの純度で放っていく。

それを真摯に繰り返していく事で光の輪郭を辿っている。

あの時見たいと思っていた彼女の世界観は少しづつ形を変えながらも地続きで今ここに光っている。


suzuki yuki 個展「残照
会期:9/12(土)-9/27(日)
営業時間:12:00-20:00
店休日:金曜日
作家在店予定日:9/12,19

Fuligo フーリゴ
〒460-0008 愛知県名古屋市中区栄5丁目3-6エルマノス栄中駒ビル2C


私は日課として夕暮れ時にジョギングや散歩をしています。
紅が空に広がり、やがてゆっくりと鎮まっていく様子を眺めながら、辺りの森から響く虫や鳥の鳴き声に耳を澄ます。
ほんの20分ほどではありますが、自分という輪郭を外界へ溶かし、五感を冴え渡らせる時間です。

梅雨が明けた頃、長い昼をなお惜しむように、どこかしがみつくような陽を連日目にしました。
陽は沈んだあとも辺りに長く尾を引き、夜との境界はどこまでも曖昧でした。

本展では「環境」と「生命エネルギー」をテーマに作品を選びました。

ここでいう環境とは、どちらかといえば自然環境ではなく、私たちが身を置く社会や、そのなかに生じる状況、関係性、そして互いにもたらす影響を指しています。

光源があるからには、そこには照らされる対象があります。

社会における自分と他者。
私たちはそれぞれ個として存在しながら、決して単独ではありません。
あらゆる関係と繋がり、その先の、さらにまた先へと作用を這わせている。
目も気も行き届かない、ずっとずっと向こう側までその連なりは続き、海を越え、空を越え、時間さえも跨いでいく。
その広がりを、私たちは一つの世界と呼ぶのかもしれません。

暮れなずむ空や光源を見つめているとき、私はしばしば燃え盛る炎を連想します。

私のなかには、大きく分けて三つの炎の像があります。
一つは今もどこかで続く「争い」の戦火。
二つ目は自身の「制作」におけるバーナーワーク。
そして最後は、実父の「火葬」の記憶です。

私にとって炎は、どこか終焉や喪失と結びついています。

物質や形態を失い、それを構成していたものも消滅する。
その後にあるのは、もはや新しい何かでしかないのだと思っています。

再起や復活といった、再び返り咲くことを示す言葉があります。
しかしそれは、人の信念や願いによって、失ったという事実を希望へと置き換えようとする前向きな心の働きなのかもしれません。
どれほど願っても、起きた事実そのものが変わることはありません。

「戦火」については、ウクライナとロシア両国の開戦当初からゼレンスキー大統領が絶えず発信し続ける自国の戦場の様子、会議、声明。
その写真や映像を日々目にし、記憶していることも影響しているのでしょう。
それらを思い出すたび、漠然と約束されているかもしれない自分自身や、この日本の明日について考えます。
この平穏に自惚れていてはいけない。
向こう側で起きている事実から目を背けてはいけない。
紅から次第に移ろいゆく空を眺めながら、平然と明日が来ることへの安堵に、ときに疑念を抱きます。
そして、一日一日を生きることに丹精を尽くそうと、自分自身に言い聞かせています。

「制作」においては、私の表現の代名詞ともいえるバーナーワークがあります。
金属を灼熱の炎に寄せて焼き、熱によって現れた様を活かす。
それらを行いながら道具で突き、表情を与える。
私の金属表現において炎は欠かすことのできない存在であり、常にそばにあります。
そして、そこにもまた「終焉」という感覚があります。
作品を生み出すためには、一度何かが終わりを迎えなければならない。
それは私にとって、どこか儀式のような行為でもあります。
ただ、「誕生」という言葉には少し違和感があります。
もっと尤もらしい言葉があるようにも思え、現時点では「転生」という言葉が近いのかもしれません。

例えばシルバーのリング<A>があるとします。
それを炎によって溶解させることで新たな表情や色彩を持たせたものを<B>とした時、姿形も内部も纏う気配も変化した<B>は、もはや<A>ではありません。

しかし、AもBも同じアルファベット、ここでいうシルバーという物質であり、Aの次にBが続くという順序もまた、一つのルールのなかにあります。

私が展開する作品においては、「再構築」や「jewelry」という概念が、その位置付けにあたるのだと思います。
近年、炎による表現を取り入れない作品が増えてきていることも、自身の内面にある何かがバランスを整えようとしている作用なのかもしれません。

そして三つ目の炎、父の「火葬」です。

父が亡くなってから10年ほどが経ちました。
あれから炎を扱うたび、火葬場の光景を思い浮かべないことはありません。

最後の別れの扉。
鉄の塊のような厚い銀色の板が、上から滑らかに、そしてどこか威厳を漂わせながら、ズゴンと下ろされる。
あの瞬間こそ、私のなかで炎と終焉が交わった瞬間だったのだと思います。
「別れ」という言葉よりも「終わり」という言葉の方が、私には鮮烈に残りました。
それ以降、炎を扱う制作には必ず緊張感を持つようになりました。
表現として大胆であることはあっても、気が疎かであってはならない。
いつだってそう戒めています。
少しでも集中力が乱れてきたら、潔く中断する。
目と手に自信を持てないときは触れない。
どれほど慣れた手付きになっても、炎は恐ろしく従順だからです。

暮れゆく空に残された光を見つめるとき、そこには終わりゆくものだけではなく、確かにそこに存在したエネルギーの痕跡があるように感じます。

消えゆくもの。
失われるもの。
そして、形を変えながらその先へと続いていくもの。

「残照」という言葉に、そのすべてを重ねています。

suzuki yuki

窪田

<Fuligo Event Schedule>
・9/5-9/23:revie objects
・9/12-9/27:suzuki yuki
・9/19-10/4:KAGARI YUSUKE


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〒460-0008 名古屋市中区栄5丁目3-6エルマノス栄中駒ビル2C
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